私は週末、故郷の安田川に帰った。

 いよいよ金属糸の仕掛けを実際の釣りで試すときが来たのだ。


 私は祖父から初めてアユ釣りを教えられた場所に立った。

 いつものようにオトリ鮎に鼻カンと逆バリをセットして静かに水面に放った。


 泳ぎが早い!

 流心の方に向かってズンズン進んでいく。


 手元にナイロン糸では感じられなかった感触が伝わってくる。

 と、突然ダンッという振動が手元に伝わった。


 きたっ! 


 目印が縦横無尽に水面を駆け回る。


 激しい手ごたえに息を止めて竿を立てた。

 切れるなー切れるなーと願いながら竿をためていよいよ引き抜きの体勢に入った。


 アユが観念をしたように浮き上がり、オトリ鮎の口先が水面でピクピクと動いている。

 力を入れて肘を曲げると竿を上方に突き上げた。


 空中に舞い上がった2匹のアユがまっすぐに飛んでくる。

 ズザッ!


 しゃがんでタモ網を川に浸すと真っ黄色な背掛かりアユが腹を返した。

 私は安堵のため息とともにこれまでのナイロン糸との違いを驚きをもって反芻していた。


 その日の釣果は38匹だった。
 帰宅して報告すると祖父が驚いたのは他でも無いが、実家の両親も驚いていた。

 噂はその晩のうちに近所や釣り友人に広まった。
 誰がやっても10~15匹しか掛からない場所で、38匹も掛けたらみんな驚くのは当たり前だ。

 まぐれにしては数が多すぎる。
 金属糸のことを教えてくれた友人からも電話がかかってきた。

 僕は金属糸の顛末を友人に話した。

 だが、僕の釣果を認めない者はまだいる。


 その夜のうちにあの場所には鮎が集まっているとの噂が広まった。

 翌日、何人かの釣り人が朝早くから訪れていた。


 僕が釣り場に現れるとその釣り人らは僕の一挙手一投足を観察しているようだった。


 僕はあえて釣り人の竿を出していない上手の早瀬に竿を構えた。

 いきなりバツンッと振動があり1匹目が掛かった。


 釣り人らは自分の釣るのを止めて僕の方ばかり見ている。

 僕の竿は曲がり続けた。


 この日は終日釣って42匹だった。


 他の釣り人は16匹釣った者が最高だったらしい。

 僕は一躍腕の立つ鮎釣り師として噂をされるようになった。