隆人も雅に好意を持っていたが、慎也が相手なら仕方がない。
ただ、一方の隆人にも彼女が出来ていた。
叔父の宅配会社に勤める同い年の女だ。
実はその女も慎也に一目惚れをして隆人が相談に乗っていたのだが、慎也の方がいっこうに取り合わなかった。
雅にぞっこんなので仕方はなかったが、隆人はその女の相談に乗るうちにいつしか自分の彼女みたいになってしまっていたのだ。
慎也が全国大会で優勝すると、雅の勤める釣具店主催で祝勝会が開かれた。
二次会の後、慎也は隆人に含みのある笑みですまんと言いうと雅と二人で夜の町に消えていった。
隆人が二人が深い仲だと知ったのはこの時だった。
見送った後にふと振り返ると二人は既に手をつないで寄り添っていた。
「俺、結婚しようと思ってる」
慎也が照れくさそうに口を開く。
結婚という言葉を聞いてさすがの隆人も驚いた。
出会って半年、慎也は二十一歳で雅はまだ成人していない。
慎也は既に有田川の実家にも連れて行き祖父母に紹介したと言う。
雅は和歌山県南端の串本町の出身で、慎也と同じで父親がいないということだった。
同じ父親のいない者同士という共感が二人の仲を加速させたのかもしれない。
いずれにせよ、隆人はこの時ほど明るい慎也を見たことはなかった。
つられて自分まで気持ちが浮ついた。
だが、それはわずかしか続かなかった。
慎也は沈んだ面持ちですっかり元気を失っていた。
雅の母親が二人の結婚に反対しているとのことだ。
理由はよくわからない。
が、二人がまだ若すぎるというのは確かにそうなのかもしれないと思った。
二人は駆け落ちまで考えた。
隆人も巻き込んで駆け落ちの段取りをつけた夜のこと、雅は忽然と姿を消した。
雅のアパートはもぬけの殻で、大家さんに訊くと数日前に退居願いがあって若い男らと夜な夜な荷物を運び出していったという。
慎也は雅を探して彷徨った。
隆人も一緒になって探した。
「確か実家は串本や言うてたなあ。都会での一人暮らしがしたいって和歌山市に出てきたらしいけど。まじめに働く子やったけど、電話一本で急に辞めるやなんてやっぱり今時の子はようわからんですわ」
と釣具店の店長は口元をゆがめた。
慎也と隆人は串本町にまで行ったが、何の手がかりも得られなかった。
串本には鈴木という姓が数え切れないほどある。
慎也は翌年の鮎釣り大会には出なかった。
彗星のごとく現れて消えた鮎釣り界のヒーローに、関係者らも動揺をした。
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